上田安子服飾専門学校を卒業後、2019年にMOREへ入社。日々必死に学び・働いて、いつかは仕事はもちろん何より演者さんが過ごしやすい環境を作り出せる一流のスタイリストを目指し、日々邁進中。先読み力はピカイチな体育会系のおしゃれファイター。機転が利き、行動力抜群のスタイリングアシスタント。
ピクトグラムとは~オリンピック開会式編~
こんにちは!
モアのスタイリストアシスタント貴堂です。
今回は、前回SDG’s編でもお話しした、
ピクトグラムについて、
オリンピックの開会式にも使われていた理由なども踏まえてお話ししたいと思います!
前回はSDG’sのピクトグラムに注目してお話をしていたのですが、
まさかピクトグラムがここまで東京五輪で注目されると思っても見なかったのでとっても驚いていた自分がいます(笑)
ピクトグラムとは何か?
についてはこちらの記事でお話ししております
→ https://more-web.co.jp/report/art-fashion9/
では今回の本題でもある、
なぜ東京オリンピック2020の開会式であのようなピクトグラムのパフォーマンスが行われたのでしょうか?
東京オリンピックとピクトグラムの関係性とは?
https://www3.nhk.or.jp/sports/story/6244/index.htmlより
開会式でも言っていたようなのですが、東京五輪1964をきっかけにピクトグラムが世界に広がっていったとも言われているそうです。
オリンピックで初めてピクトグラムが使われたのが1964年の東京オリンピックでした。
なぜオリンピックにピクトグラムが使用されたのか、その理由はこんなところにありました。
1964年東京オリンピック開催当時、
日本では、外国語によるコミュニケーションをとることが難しい人が多く、
当時の日本人と外国人の間を取り持つために、
日本デザイン学会設立委員であり、東京オリンピックのデザイン専門委員会委員長も務めた勝見勝(かつみ まさる)氏らによって開発されたのが始まりとの事でした。
https://meehanjapan.com/2021/07/29/blog67/参考
そうしてピクトグラムを使用し始めて世界中での共通認識の一つになっていったピクトグラムの広がりの始まりの国でもある1964年東京オリンピック。
そこからまた2度目の記念すべき東京オリンピック。
オリンピックにとって、ピクトグラムの使用の始まりの国である日本が
ピクトグラムを再び取り上げる。
そう考えるとあのパフォーマンスはとても日本らしさが改めて感じられるものだと感じられますよね。
何気なく見ていた開会式でもやはり全てに意味がある。
当たり前のことかもしれませんが、そう言った意味をひとつひとつ見つけていくのはとても楽しく、
その時々のシチュエーションや時代背景、国柄や、歴史などを深く知れる、
そんな、とても素敵な機会であると改めて感じられました。
コロナの感染拡大により第五波に突入した日本での開催は賛否両論あるかと思いますが、
この今だからこその表現や、
五輪をすることで勇気や、元気、さまざまな感情など
一視聴者として得られたもの、
そして未来のクリエイターを目指す身として
この時代だからこその表現や、演出などとても多くを学べるもの。
それらのさまざまな得られるものというのは、
開催をなくしては手に入らなかったとも言えるでしょう。
開催できることが当たり前ではないこの時代に開催をしてくれたことへの感謝。
またそれだけではなく、
コロナ禍で大変な思いをして私たちを守ってくださる医療従事者の方や、
さまざまな制限を受けることとなってしまっている飲食店の方、
他にも影響が出ている方はたくさんいます。
その方々への感謝も共に、
今自分が暮らせている、学べている、生きている。
全てのことに感謝をしたいと深く思うことができました。
まだ第五波の真っ最中でこれから収束に向けて進んでいくことを願うばかりですが、
オリンピックの開催はとても私にとってはありがたい出来事であったと感じます。
コロナ禍で開催されるオリンピックを通じて、日々感謝を忘れずに前を向いていきたいと強く感じました。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
また次の記事でお会いしましょう!!
ファッションで何かを伝えられるスタイリストになるまで…!